作品評

映画評論家 : 宇田川幸洋

「19世紀のフランス絵画を思わせる美しい静止画で、バルザックの短編小説を原作に、孤独と死に対峙する母と2人のむすこのものがたりをかたる。映画的な時間が、ひそやかに息づく48分。新鮮な体験。 ★★★★(五つ星中)」
日本経済新聞「シネマ万華鏡」(2007.7.13)

映画評論家 : 山田宏一

静止画の連続にしかすぎないのに、不思議に映画的な流れを感じさせる。あくまでも静かに、さりげなく、微風のような、小波のような、躍動感。ともすると映画が忘れかけていたかもしれない「映画的」な鼓動のようなものが伝わってくるのである。
土手を歩く3人 ── 母とふたりの子供 ── の姿が、川面にさかさまに映り、アニメーションのように動くハッとするようなまさに「映画的」な一瞬もあって、── クリス・マルケル監督の全編ストップモーションによる『ラ・ジュテ』(1962)の静止画のなかの女の瞼が一瞬まばたくように ── 心ときめく。
光がまぶしく、美しい。木の間からもれてくる太陽の光線、緑一色の庭に降りそそぐ朝の光、真っ白な壁から反射してくる午後の陽光、雲ひとつなく晴れわたった空いっぱいにあふれる光。
母子3人がたたずむ風景のなかの不吉な鈍色の空とともに、孤独な死の予感がただよい、画面から明るい光が失われていく。暗い室内に、それも人が通れそうもないくらい狭く暗い廊下に、小窓からさしこむ光は、死のように沈みゆく夕日か底知れぬ夜の月明かりのようだ。花々に囲まれた(しかしその花々もすぐ奪い去られるのだが)死の床に横たわる母を包みこむ空間は、まるで闇からうごめくような構図で、無数のピンの影による明暗と濃淡のトーンが微妙に変化する悪夢のようなイメージをつくりだす、あの特異なアニメーション作家、アレクサンドル・アレクセイエフのピンスクリーンの効果と見まごうばかりだ。
かぼそく、ささやくような声と遠くから聞こえてくるような懐かしいメロディーの数々は、この珠玉の詩画集とも言うべき傑作のやさしい子守歌なのかもしれない。

コメントは受け付けていません。